愛知教育大学付属図書館

  • TWITTER
  • ブクログ
  • ENGLISH
  • モバイル
  • ホーム
  • 利用案内
  • 資料検索
  • アクセス
  • お問い合わせ

愛知教育大学附属図書館蔵書印覚書(下)

HOME > 愛知教育大学附属図書館蔵書印覚書(下)

1、本学蔵書の履歴

 1)藩政時代の蔵書印
 (3)未勘

その他、いずれの蔵書印か不明なもの数点を挙げておく。ご示教を請う。
○「時習館/図書之/印記 (39)、その上部に「 教授局(40)。吉田藩時習館が想起されるが、尾張藩家老志水忠喬も屋敷内に学問所「時習館」を設営している (『愛知県史二』786P)。後述の浅野文庫所収の『知不足斎叢書第七集』(123.83/W16)等に捺されていることを考えると後者の可能性が高いか。
○「学習館蔵書(41)。元禄8年梶川儀兵衛等刊『本朝官職備考』に、「明倫堂/書庫記」、 「翠実園/蔵書記(42)、「愛知第一/師範学校/図書之印」とともに捺されている。
○「松府/図書(43)。天保6年刊嚶鳴館蔵藩版『嚶鳴館遺草』に「愛知県第/一師範学/校図書」とともに捺印。嚶鳴館は細井平洲の私塾。
○「吉田文庫(44) 。天和2年北村書堂・村上勘兵衛刊『八代集抄』(未167)に「愛知第一/師範学校/図書之印」とともに捺されている。
 なお、『愛知教育大学史』(1975/3)532Pに明倫堂に触れ「当時、尾張藩のみならずその傘下の県内小藩の俊秀も、所属藩の推せんで塾生として講筵に列することが可能であったらしく、 このことは所蔵中の図書にも〈明倫堂〉の蔵書印のほか、300点以上の他藩の蔵書印が捺印されていることでも確認できる。」とある。後半部の記述は『愛知教育大学附属図書館概要2000』 にも踏襲されているが、やや誤解を招く。正確な調査を要するが、「300点以上の(図書に)他藩の」の意であろう。本学には近来別途購入された図書に「伊達伯/観瀾閣/図書印」 (仙台藩伊達家)等があるが、ここでの問題には関わらない。

2)新制学校関係の蔵書印
 岡崎藩・挙母藩の項で紹介したものの他、「愛知郡/ 第四高等/小学校(105)(明治17年東京原亮三郎刊『小学読本』。岡崎本館伝来)・ 「愛知県南/設楽郡第/壹番小学/新城学校 (106)(明治15年名古屋粟田東平等刊『尾三善行録』。名古屋分館伝来)・ 「尋常小/学樽水/学校印(107)(『尾三善行録』。(106)に同版であるが、別冊)等がある。悉皆調査をしたわけではなく、 まだこの種の蔵書印は多くあろう。
 『一師目録』は、尾張藩関係の蔵書印に触れた後「ぬ、額田県小学校(岡崎文庫)/る、吉田文庫/を、成章館(田原文庫)/右三者の外に尚伊那県足助庁・崇心館衣(挙母)文庫等がある。 これ等は多分文部省直轄愛知県師範学校開設当時、寄付を受けたか若しくは購入したかであらう。」という。岡崎本館伝来のものも含め、収集時期はなお調査を要する。

3)その他;浅野文庫のことなど
 本学には、「チェンバレン・杉浦文庫」「近代詩歌文庫」「万葉文庫」「岡田文庫」等の著名な文庫があるが、小稿では割愛する。本学図書の蔵書印として当然言及すべき 「英 王堂蔵書」「英国 薩道蔵書」等については、先年本学図書館で開催された展示会の図録『日本学の先駆者アーネスト・サトウとB.H.チェンバレン』(1994/3)や 西宮秀紀「「嶋有義氏旧蔵英王堂文庫本開設」拾遺」(図書館だより12-1 1994/5)にゆずる。ここでは前記『図書館概要』に触れられていない「浅野文庫」を取り上げる。
 本学『漢籍目録』序にいう。愛知学芸大学名古屋分校の漢籍は、明倫堂旧蔵書と「尾張に在住した漢学者浅野醒堂氏の死去とともにその蔵書を寄付されたもの」と愛知第一師範学校以来購入した 図書との3種類によって構成されている、と。『愛知県郷土資料総合目録』(1964)677Pにも簡単な紹介がある。醒堂(1857~1934)は『明治の名古屋人』(1969)にも立項あり、 「父は尾張藩滝川氏の家中勝野官兵衛。浅野哲夫、号醒堂はその長子であったが、明治十二年(1879)二十三才のとき、熱田奉行与力浅野庄次郎高美(母くめの兄)の娘やすと結婚、 浅野家を嗣いだのである。(中略)明治二十七年(1894)に愛知県第一師範学校教諭心得として教職に就き、昭和二年(1927)十二月七十一才で退職するまで三十四年五か月、 同校に在って習字漢文を教え」云々とある。安藤直太朗編『浅野醒堂翁評伝』(1961)から、本学蔵書の形成に関わる事項のみ摘記すれば、旧蔵本が愛知県第一師範学校に寄贈されたのは 昭和14年11月。蔵書構成は「経964冊、諸子172冊、史(漢)346冊、史(和)35冊、詩文1,520冊、国語及国文26冊、書画74冊、雑316冊、伝来本229冊、自筆本58冊、珍蔵本66冊、 総計3,806冊」。「浅野文庫蔵本の中には翁の養家たる浅野家伝来本も混入している。また実家たる勝野家のものも一部入っている。」
 本学蔵書には「尾張浅野哲夫珍蔵(501)と朱書したものの他、「 浅野/哲夫(502)、「 浅野(503)、「 勝野/所蔵(504)の各印があり、上記『評伝』と照らし伝来がほぼ判明する。

2、「師範学校」等の歴史と蔵書印

【名古屋】
 ◇名古屋地区(男子)・県立
○1873(明6).12愛知県養成学校(注6)「愛知県/養成学校 (201)
○1876(明9).8愛知県師範学校「愛知県/師範学校(202)、同文小印 (203)。「愛知県 /師範学校/図書印(204)。 「愛知県/師範学校/附属小学/校之章(205)
○1886(明19).8愛知県尋常師範学校 「愛知県/ 尋常師範学/校図書印(206)。 「愛知県/尋常師範/学校附属/小学校(207)
○1898(明31).4愛知県師範学校((202) と区別される、明19.8以降刊行図書の捺印例を見いだし得ておらず、この時期の蔵書印 (208) については不明)
○1899(明32).4愛知県第一師範学校「愛知県/ 第一師/範学校(209)。 「愛知県第/一師範学/校図書印(210)(石製の印鑑現存)。  「愛知県/第一師範/学校附属/小学校(211)
 「愛知県第一/師範学校/学友会之印(212)。「焼失紀念 /同窓会之寄付/明治四十一年九月三十日(213)(注7)。 「戊申火/災慰問/紀念品(214)。「御大典紀念/ 本県/偉人文庫(215)(愛知教育552「本校の郷土教育施設」に「昭和三年四月御大典紀念事業の一として職員生徒醵金、 本県偉人文庫を寄宿舎図書室に設置し…」とあり、昭和天皇の即位を記念したもの)。

付.別系列官立(文部省直轄)
○1874(明7).2官立愛知師範学校。「愛知師/ 範学校/図書印(216)(「愛知県第二師範学校」印とともに存在する例もあり、愛知師範学校の図書は第二師範創設時に一部分譲されたものか)。 「第二大学/区愛知師/範学校印(217)(注8)(明治4年京都辻本仁兵衛等刊『今日鈔』の表紙には 「文部(218)16*08の丸印あり)。
 1877(明10).2に廃校となり、校舎・図書・器物等は愛知県に交付。

 ◇名古屋地区(女子)・県立
○1876(明9).5女範学校「愛知県/女範学 /校之章(219)
○1878(明11).2愛知県女学校と改称。まもなく廃止。「愛知県 /女学校(220)
○1879(明12).7師範学校内に女子教育部設置。この蔵書印 (221) はまだ見いだしていない。
○1879(明12).9愛知県師範学校附属女学部と改称。明15.8廃止。「 愛知県/師範学校/女学部(222)
○1912(明45).4愛知県女子師範学校「愛知県/女子師範 /学校図書(223)。「 愛知/女子師範学校/郷土研究室/図書(224)。 「愛知県/女子師範/学校印(225)。「愛知県女子 師範学校校友会/図書(226)

 ◇名古屋地区(男子部・女子部)・官立
○1943(昭18).4愛知第一師範学校(注9)「愛知第一/師範学校/図書之印」(印鑑現存。左掲印の上部欄外などに、 「男子部(227)または「女子部(228)という枠無し横小印を捺す)。 「愛知第壱師範学校/図書課(229)(男子部受入印。巻末に捺印。印鑑現存)。
 「愛知第一/師範学校/図書之印(230)(愛知県女子師範学校印も併せて捺された図書あり、女子部の印と判断)。 「愛知第一師/範学校女子/部校友会印(231)。「愛知第一師/ 範学校女子/部読書会印(232)

 ◇存疑
○「一師寮文庫(233)(昭和16年創元社『堂上家系譜大成』288.3/3。本書には名古屋東文堂書店のラベルあり。古書店経由の蔵書であるが、 他にも同じ印が小口に捺された図書あり。「一師」は愛知県第一師範学校の可能性も)。
○「愛知/女師学友会/県二校友会/図書(234)(231) と同一書、明治44年刊『平家物語考』913.434/K72/1に捺印)。 「校友会/図書部/県二(235)。これらは或いは、後述の「愛知県第二師範学校女子部」の印で、西春日井郡に在ったことから、 蔵書が第一師範学校女子部に受け継がれたものか。
○「愛知県第二高/等女学校校友/会図書部之印(236)(大正15年春秋社刊『日本歌謡史』911.6/1に捺印)。

【岡崎】
 ◇岡崎地区(男子)・県立
○1899(明32).4愛知県第二師範学校「愛知県/第二師 /範学校(237)
○1923(大12).4愛知県岡崎師範学校「愛知県/岡崎師/範学校 (238)。「愛知県岡 /崎師範学/校寄宿舎/図書之印(239)。 「愛知県岡/崎師範学/校附属小/学校之印(240)

 ◇岡崎地区(女子)・県立
○1900(明33).4愛知県第二師範学校女子部(241)。これを独立させ、1912(明45).4西春日井郡金城村北押切に愛知県女子師範学校 (242) を開校。蔵書印未確認。

 ◇岡崎地区(男子部・女子部)・官立
○1943(昭18).4愛知第二師範学校(注10)「愛知第/二師範/ 学校(243)。「 愛知第二/師範学校/蔵書印(244)(印鑑現存)。 「登録番号//愛知第二師範学校(245)
 「愛知第二/師範学校/男子部(246)。この印の近くには常に 「登録番号//年月日(247)も捺されており、両印で一セットをなす。 「愛知第二/師範学校/女子部/図書之印(248)、「登録番号/ /愛知第二師範学校女子部/年月日(249)とセット。
 「愛知第二/師範学校/寄宿舎之印(250)。「愛知第二/ 師範学校/報国団印(251)。 「愛知二師/校友会/女子部/図書之印(252)

【安城】
現在、この蔵書印の図書は図書館2階書庫に収蔵。
○1918(大7).3愛知県農業補習学校教員養成所。蔵書印(253) 未確認。
○1921(大10).4愛知県実業教員養成所。「部類/番号/購入寄贈 /登簿/愛知県実業教員/養成所図書之印(254)。 「愛知県実業/教員養成所/学友会図書/部蔵書之印(255)
○1935(昭10).4愛知県立青年学校教員養成所。「部類/番号/ 購入寄贈/登簿/愛知県立青年学校教/員養成所図書之印(256)。 「愛知県立青年/学校教員養成/所学友会図書/ 部蔵書之印(257)
○1944(昭19).4愛知青年師範学校(官立)「愛知青年/師範学校/ 図書之印(258)(朱または紫)。 「部類/番号/購入寄贈/登簿/ 愛知青年師範学校/図書之印(259)。 「愛知青年/師範学校/校友会図/書之印(260)

3、新制国立大学「学芸大学」の歴史と蔵書印

1949(昭24).5愛知学芸大学発足。
◇名古屋分校(図書館は名古屋分館)「愛知学芸/大学図書 (301)。「 愛知学芸大学図書//昭和年月日(302)受入印(現存)とセット。
◇豊川分校「愛知学芸/大学豊川分/校蔵書印(303)。「 愛知学芸/大学豊川/分校図書/館蔵書印(304)
◇岡崎分校(1950.4豊川から移転・改称)「愛知学/ 芸大学/蔵書印(305)、「 登録番号//愛知学芸大学(306)とセット。なお、別に 「愛知学芸/大学図書/館岡崎分館(307)・「愛知学芸/ 大学附属/図書館(308)の二つがあり、印鑑が現存しているが、図書類への捺印例は見あたらない。前者は雑誌「中央公論」1951(昭26) 年6月号以前、後者は同誌7月号以降の各号に捺されている。これは1951年3月に大学本部が岡崎分校地区に移転、本部図書室も岡崎分館と合体したことに伴う措置。
◇安城分校(1952.3廃止)。蔵書印(309) 未確認。ただし、 「愛知学/芸大学/図書之印(310)。2階書庫中の村松武雄著・昭和22年東海書房刊『神話と歴史』162/M1Sに捺印。他の蔵書印は捺されていない) は収蔵場所から、安城分校の蔵書印の可能性がある。

4、「教育大学」の歴史と蔵書印

1966(昭41).4愛知教育大学と改称。
◇名古屋分校「愛知教/育大学/図書印 (401)(印鑑現存)、「 愛知教育大学付属図書館名古屋分館//(402)受入印とセット。
◇岡崎分校「愛知教/育大学/蔵書印(403)。名古屋分校の印は縦書きであるが、これは横書きであることに注意。
 「愛知教育/大学附属/図書館(404)、その下に別枠で「寄贈」と捺印(印鑑現存)。雑誌「慶応義塾大学商学部日吉論文集」第3号。 昭和41年2月号(受入は43年4月30日)に捺されている。

5、教育大学統合移転後の蔵書印

1)蔵書印の変容
 1970(昭45).4刈谷市の現在地に統合移転。蔵書印も「愛知教育大学//付属図書館(横書)」と改められる。この印は初期の丸みを帯びた印 28*40 (405)(益田勝実『火山列島の思想』筑摩書房69年11月第3刷)から、より角張った印へ形を変え、後者はさらに寸法の異なる印が数種類ある。 27*39(406)木製印鑑現存、 25*38 (407)(益田同著74年2月第7刷)、24*36(408)シャチハタ製印鑑現存、等。 寸法は次第に小さくなる傾向にあるようだ。この点は図書館の方に確認したところ意図的ではないとのことであったが、シャチハタ印の採用と併せ、蔵書印不使用時代への移行が水面下で 始まっていたようにも思われる。

2)蔵書印の時代の終焉
○1988~95年:巻末に「図書IDラベル(409)(貸出用。非バーコード)貼付。
○1993・94年の登録番号(410)のみの時期を経て、図書巻頭の蔵書印は完全に消滅。
○1995~99年:巻末に「図書IDラベル(411)(貸出用。バーコード08*31)貼付。ラベル剥離の場合に備え、巻頭に登録番号を手書き。
○1999年途中から、図書自動貸出返却装置による処理のため、裏表紙に「 図書IDラベル(412)(貸出用。バーコード05*22)貼付。巻末ラベル無し。IDラベル剥離の場合に備え、巻頭に登録番号を手書き。
 担当者のお話しによれば、図書管理へのコンピュータの利用と会計管理上の問題が蔵書印不使用の引き金になったとのことであるが、上述のように、藩政時代からの本学図書の蔵書印の変遷を たどりくるとき、問題の根底には図書の地位の変移があるものと思われる。
 かつて図書は、保有すること自体がすでに権威の象徴であった。さまざまな蔵書印がところ狭しと鎮座する、当該の図書を本当に愛しているのかどうか疑いたくなる光景もまれではなかった。 時移り、ムック(mook)が国語辞書の見出し語に定着し、さらにはデジタル出版が現実のものとなっている今、物としての図書は数ある情報媒体の一つにすぎなくなろうとしている。 図書への思い入れが薄れ、一部を除いて蔵書印が消滅に向かうのも、やむをえないなりゆきであろう。ただし、本学図書館では、小口印 (「愛知教育大学/附属図書館(413))のみは、最後の砦であるかのようにいまも捺し続けられている。

おわりに

 蔵書印を求めて埃をかぶった図書をさぐるなかで出会った文章(後藤三郎『吉田松陰とその教育』玉川学園出版部1941の見返し張紙)を紹介して、 蕪雑な稿のとじ目とする。図書をむやみに崇める必要はないが、しかし、小学校の図書室などで見かけたであろう、この種のよびかけに、今一度耳を傾けるのもわるくはない。

愛知一師のはらからよ!
読書の前にはよく手を洗ひ 机に向つて瞑目し/先づ第一に寄贈者や 著者に感謝を捧げませう/そして頁を開くには 折目をつけず指なめず/線を引いたり汚さずに  万一今にも落ちそうな/写真や図面を見つけたら 糊できれいに貼りませう/物は言はねどこの本は 向上心に燃へてゐる/愛知一師のはらからの 唯一無二の良き伴侶/読書終れば心から  得たる知識の供給者/無言の師匠に感謝して 静かに持つて棚の前/番号合して順々に 並べて済めば今一度/本棚全部見渡して 注意しめせう整頓に!


  1. 『愛知県教育史3』等によれば、養成学校別校や養成学校分校があったようであるが、存続期間も短く、蔵書印の問題には関わらないであろう。
  2. 『本校沿革資料』の内、「本校沿革略史 明治四十一年十一月」に「九月二十八日午後十一時二十分ヨリ、手工教室東北隅ヨリ発火。寄宿舎全部、本校舎一棟、 音楽手工教室、食堂・炊事場等ヲ焼失ス」とある。
  3. 明治5年8月発布の学制では、全国を8大学区、各大学区を32中学区、各中学区を210小学区に区分し、大学区・中学区・小学区にそれぞれ大学校・中学校・小学校を各一校設けるも のとしている。大学区は翌6年4月に7大学区に改められたが、明治5年時の愛知県・額田県、翌6年時の合併後の愛知県のいずれも第二大学区に属しており、愛知県に官立 (文部省直轄)の外国語学校および師範学校が設置された。(『愛知県教育史二』)
  4. 1943(昭18)年師範教育令改正に伴い、従来の府県立から官立に移管。1947(昭22)年学校教育法により国立大学に改編、1949年新制国立大学の発足に伴い廃止。
  5. 『愛知教育大学史』533Pに「戦災の厄に遭い蔵書全部を烏有に帰してゼロ地帯から出発せねばならなかった愛知第二師範学校図書館(本館)の苦心に満ちた生成の経緯…」とある。 現在残る第二師範学校蔵書は戦後新たに購入したものとのこと。ただし、愛知第二師範学校に伝えられていたと考えられる「愛知県第二師範学校」(明32-大12)、 「愛知県岡崎師範学校」(大12-昭18)の蔵書は皆無ではない。それらは図書館とは別の場所にあって罹災を免れたものであろうか。

〔図書館だより 第18巻 第2号 (通巻59号) 平成12年12月掲載を改訂〕

PAGETOP